宿命、運命って?
最近思っていることは、それぞれ思い通りの人生を歩む事はできないのだろうかということです。
しかしながら、天、宇宙、神様が決めてしまったことは人間のレベルでは変えられないのです。
どうしたらいいのだろうかと、潜在意識さんに話して眠ったら夢を見ました。
ある知人の夢その人が、広告を作るのですが、全く反響がないのに何度も広告を作って立ち向かって行っている姿でした。
いくらやってもダメで予算がないのに製作をしている夢でした。
現実の世界では、その人は社会に貢献したい、世の中や人のために役に立ちたいという大きな欲を持っています。
ところが、その思いを持って起業をするのだけれど、失敗をしてしまうのです。
1度目は宝石業で従業員が宝石を持ち逃げ。
2語目は流通業で倒産。3
度目は社会福祉系の食で倒産。
何故なのでしょう。
私は別の知り合いにこの人の話をしたことがあります。
すると、知り合いは、「この人の家は、その昔宗教を起こしてたくさんの人を惑わせた罪があるから財をなそうとすると、後ろについている神様が必ず大きな袋を開けて全てのものをブラックホールのようなところに吸い込んでしまうんだよ。だから事業はしてはいけない」と。
それを聞いたのは2度目の倒産の時でした。
その後、時を経て3度目の倒産を迎えてしまいました。
夢では、その人が懸命に努力をしていましたが、その意味は「神様が決めたことはどうすることもできない」ということを、私にわかりなさいというメッセージなのだと感じました。
神様が決めたことならどうすることもできない。
神様しか変えられないのです。
宿命は「生まれ持ったもの」です」。
私たちは自分の親、生まれた年、国、時代、性別を変えることはできません。
変えられないものです。
男だったらよかったのにとか、アメリカに生まれればよかったのになど、文句は言えません。
肉体もすでに生まれながらにして決まっていて、変えることのできないものです。
前世から反映したものでもあります。
運命は「命を運ぶ」、自分で人生を切り開いていくことができるものです。
人生におこるできごとを自分が変えていけるのです。
使命は、きっと「好きだ!」「楽しい!」という感じ、やっていることに幸せを感じるものだと思います。
生涯かけてやり遂げたいという心で取り組むものではないでしょうか。
職業の中に見出せるといいでしょうね。
天命は、すぐにはわからないものです。
人生の最期までわからないものなのかもしれません。
人生を車の運転で例えるならば、宿命は車のようなもの。
どんな車を与えられるのかは、人それぞれ。
4WDもあれば中古車も。
二人乗りもあれば荷物まで運べるトラックもある。
ガソリンが満タンの車もあればガス欠の車もある。
その車に乗って旅に出るようなもの。
道が続いていてガソリンがある限りは、自分の意思でどこにでも立ち寄れます。
余裕がある限りは定員まで人を乗せることも荷物を積み込むこともできます。
崖から落ちる道を選ぶのも自分。
工事中の道を選ぶのも自分。
高速道路を選ぶのも自分です。
ですから、運命は変えることができます。
どんな道を選ぶか、どんな人と出会うか、どこに立ち寄るのか、常に自分の生き方によって様々な選択肢があり、変えることができるのです。
しかも、未来を決めることによって、道が決まってしまうのです。
未来が白紙だなんて思っていたら、どこに進んでいくのかどう進むのか選択肢がたくさんできて迷ってしまうのです。
ですから与えられた車がかなりの走行距離のものなのか、タイヤがツルツルになってしまっているのか、その車次第なのです。
宿命の下に生まれながら、運命を書き換えて、使命なるものを果たしながら天命に近づき人生を終えていきます。
今、「与えられた役割」を果たしていくという積み上げが、使命を理解できるのでしょう。
主婦は、主婦の仕事(家事や育児など)、職場での仕事、家族の中での役割など、人によって違いますが、その中で気づきを得ることが、きっと何かを教えてくれることになるでしょう。
本当の幸せは、意識を開放すること。
人はみんな同じ、違ったものを持っているのですが、究極、根っこは同じでつながっているのです。
人を助けたいと思うのなら、自分の家族と同じくらい愛することです。
同じなのですから、自分が変われば必ず変わっていきます。
そんな体験を是非ともしてみてほしいのです。